DD51形ディーゼル機関車1183号機(宮原総合運転所所属)
2021年3月24日午前6時02分ごろ JR山陰本線城崎温泉駅にて
ご注意:
鉄道に興味がない方にとっては、
かぎりなく、どうでもいい内容です。w
ちょいと、山陰から北九州、瀬戸内のほうまで、
クルマで出かけてきた。
新型コロナウィルスの感染予防は、どうしたのかって?
不要不急の外出をしては、いけないのではないかって?
まあ、ええやん。
ものごとには、限度というものがあるのである。
旅好きの私が、ほぼ1年間、在宅勤務で
外出をひかえているのである。
精神的なダメージは、はかりしれない。
すこし出かけないと、人としてダメになりそうである。
ということで、こっそりと出かけてきた。
とはいえ、感染のリスクを下げるため、
毎日、体温を測ることはもちろん、
観光というものは、極力、せずに、
道の駅でトイレを使うとき以外は、
なるべく、クルマから出ないようにしていた。
単に移動しただけやん。www
ま、それでも、私にとってはいい気分転換になったね。
新型コロナウィルスの感染は、まだまだ続きそうである。
アフターコロナの時代なんか、当分こないだろうから。
長引く新型コロナウィルスの流行と、それにともなう自殺者
が増えている現在、心身ともに健康に生きていくためには、
なるべく、ストレスをためないようにしないといけないね。
単に移動しただけだから、思いがけない出会い
みたいなものは、あまりない旅だったけど、
城崎温泉に行ったとき、ちょっとめずらしいものを見た。
DD51形ディーゼル機関車とは、1962年から1978年にかけて
製造された液体式ディーゼル機関車である。
16年間で649両も製造された。
私は中学生時代、蒸気機関車の写真を撮っていた時期がある。
いわゆる“撮り鉄”だったんだけど。
そんな私にとって、DD51は憎たらしい存在であった。
理由は、蒸気機関車を置き換えていったからである。
関西本線のD51、播但線のC57など、関西近郊の
蒸気機関車は、つぎつぎとDD51に置き換えられていった。
1975年ごろには、国鉄の蒸気機関車は、
ほとんどがDD51に置き換えられてしまった。
ということで、私は撮り鉄をやめてしまったね。
その後も、DD51は長きにわたって、非電化路線のエース
として、君臨を続けた。非常に高性能な機関車であり、
ブルートレインの牽引機もつとめていた。
しかしながら、1990年以降、こんどはDD51の運用が
減少していった。電化の進展と、客車列車および貨物列車
の減少によるものである。
そして、2021年3月のダイヤ改正で、ついにDD51は、
定期の運用から外れてしまったね。
さよなら ディーゼル機関車DD51(朝日新聞社取材映像)
https://www.youtube.com/watch?v=ZgTzLXoy8ds
「ありがとうDD51」 機関車引退、国鉄時代から活躍(朝日新聞社取材映像)
https://www.youtube.com/watch?v=pJc6L30Vpz8
それにしても、意外だった。
あれほど高性能な機関車でも廃止になるんだ、と思った。
それほど、DD51は無敵の存在だったから。
現在、DD51はディーゼルエレクトリックのDF200形への
置き換えがすすめられている。
ディーゼルエレクトリックとは、ディーゼルエンジンで
発電機をまわし、そこから得られた電気により、
モーターをまわす、というシステムである。
クルマでいうと、日産のNOTE e-POWERのような仕組み
であるが、かつては、非効率の代名詞であった。
それが、機関車でもクルマでも、液体変速機方式を
置き換えるほど、効率的になったのは、
パワーエレクトロニクスの進化による。
ま、とにかく、無敵を誇ったDD51も、とうとう廃止に
追い込まれた。かつてのエースも、寄る年波と新世代の技術
には勝てなかった、といったところか。
なんだか、自分の人生を見る思いだね。
DD51ですら、廃止になるんだから、私ごときが
若い世代に勝てないのは仕方がない。むしろ、古い知識と
権威をふりかざして、若い世代の台頭を必死に食いとめる
老害こそが、見苦しい。
そんな気がしたね。
DD51のおわかれ運転は、2021年3月12日、愛知機関区所属機
の貨物列車運用だったけど、なんだか、私は見に行く気持ち
になれなかった。
3月24日、城崎温泉駅で偶然、DD51を見かけたときは、
私は幽霊でも見たような思いだった。
「おまえ、廃車されたんじゃ
なかったのかよ!」
と思った。しかも、宮原総合運転所(新大阪駅の近く)から、
なんでこんなところまで、わざわざ出張ってきてるわけ?
とっさのことだったので、一眼レフを出すひまがなく、
あわててスマホで撮ったから、ピンがあまく、
ブレてしまった。www
帰ってから調べてみると、DD51の定期運用は
なくなったものの、車両そのものは、まだまだ、
現役のまま、残っているのである。
(JR東日本2両、JR西日本8両、JR貨物6両、計16両)
理由は、定期運用の機関車になにかあったとき、
代替機として使われるほか、非電化区間の不定期列車、
臨時列車にも運用されるからである。
さすが、高性能機である。
まだまだ、現場の信頼はあつい。
この日は、香住(かすみ=城崎温泉から20kmほどはなれた
山陰本線の駅)での工事資材運搬のため、臨時列車運用として
かり出され、その帰りの単機回送だったようだ。
たしかに古くなった。でも、まだポンコツではない。
関西方面では、これからもDD51をみる機会は多そうである。
ということで、今回の記事のまとめであるが、
DD51の定期運用はなくなったけど、
不定期、臨時で走っているところをみることは、
まだまだありそうだ。