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遠軽~釧路自転車ツーリング その6

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遠軽(えんがる)から釧路まで、自転車で走った。そのつづき。


5日め  羅臼(らうす)~根室 約142km

翌朝は午前5時に起き、6時に出発した。
「熊の湯を守る会」が、キャンプ場利用者に協力を求めている
毎朝の熊の湯の清掃については、気になっていた。
が、今日は遅れを取り戻すため、根室までの約142kmを
走りたい。申し訳ないけれども、パスさせていただく。
すみません。次回は、必ず手伝いますんで。

セイコーマート羅臼店で朝食。
最近のコンビニが売るコーヒーのレベルは飛躍的によくなった。
日本全国どこでも、100円でそこそこの味のコーヒーが飲めるので、
本当にありがたい。

羅臼から国道の番号が334号から335号にかわる。
今日走るコースは、とりたてて観光地もない。
140km以上を走るので、時速15kmから20kmくらいの
ペースでのんびりと流す。
羅臼から標津(しべつ)の間は、標高80メートルくらいの
小さな峠があったけど、だいたい平坦な道であった。
標津には、午前10時ごろ着いた。

r244.jpg
国道335号線と244号線の交差点


標津から国道244号線に入り、南にすすむ。
長く伸びた砂嘴(さし)となっている野付(のつけ)半島は、
大学時代に歩いたことがある。あのとき、私と友人の2人は
野付半島の根元の位置にある尾岱沼(おだいとう)の
ユースホステルに泊まった。
ペアレントの話では、岬の先端にちかいトドワラまで、
渡し船が出ているので、それで渡って、歩いて帰ってくれば、
半日のコースである、ということであった。

私と友人は、かるく考えて、その話にのってしまった。
が、トドワラからユースホステルまでは、20km以上もあった。
私たちはもくもくと歩きつづけ、帰ってきたときには、
すでに、夕方ちかくになっていた。
しかたなく、尾岱沼ユースホステルに連泊した。

当時の尾岱沼ユースホステルには、ここが気に入ったから
といって、1ヶ月くらい滞在している人が、ざらにいた。
客だけでなく、ヘルパーもみんな、そんな人たちだった。
あの時代のユースホステルは、社会に適合できない
若い人のたまり場のようなところがあった。

ひとりで旅にでて、気に入ったところがあれば、
何ヶ月も滞在する。宿泊費がなくなればヘルパーとなり、
無償で働くかわりに、食事と寝る場所を提供してもらって、
滞在し続ける。あの時代は、そういった若い人がたくさんいた。
現在、ユースホステルは少なくなり、そういう人は
いなくなった。

ああいった、社会に適合できない若い人たちは、
いまの世の中では、どこにいるのだろうか。
おそらく、どこにも行くことができず、家でひきこもって
いるのだろうな。

私は、若い人が人生のある時期、社会に適合できなく
なるのは、当然のことだと思っている。逆にいえば、
そういった時期をまったく経験しないで、社会に出てくる
ような人は、どこかおかしいのではないか、と思う。

若い時に人生につまづき、旅に出て、1年や2年、
まわり道をしても、あとでいくらでも取り返せる。
ようするに、ゆっくり生きればいいのである。

それすらも許されず、小さな挫折をすると、
家にひきこもるしかなくなる、いまの若い人たちは
かわいそうだな、と思う。

国道からはなれ、尾岱沼の市街に入って行った。
かつての社会不適合者の巣窟、尾岱沼ユースホステルが
いま、どうなっているか、気になったからである。
見覚えのある町のなか、観光船のりばをすぎて、
たしかこのへん、と思ったところにはなにもなく、
山小屋のような建物は、影も形もなくなっていた。


さらに南にすすむ。
セイコーマートがあった。誘蛾灯にひきこまれる
蛾のように、店に入っていってしまう。
自転車旅行中の私は、食中毒をふせぐため、
いつもはカロリーメイトとか菓子パンのような
乾いた食べ物しか口にしない。
が、セイコーマートには100円くらいのパスタがある。
おそらく、店には冷凍で入荷され、店頭に出すときに
レンジでチンしているのだと思う。大手チェーン店だから、
衛生面では安心であろう。

私は、「チキンたっぷりペペロンチーノ」という商品が
気に入ってしまった。108円で、ちょっと少なめの
パスタに塩味の鶏肉がトッピングされている。
自転車乗りにとっては、まさにちょうどいい量だし、
コストパフォーマンスは抜群である。
私は食べることにあまり興味がないので、気に入った
商品があると、続けて買ってしまう傾向がある。
チキンたっぷりペペロンチーノは、6回めの購入である。
さすがに飽きてきた。つぎのセイコーマートでは、
トマトとミートボールのパスタにしよう。

道の駅おだいとうで休憩した。
天気がよければ、国後島(くなしりとう)がみえるはずなのだが、
あいにく、なにも見えなかった。
すこし陽射しが出てきたので、レインウェアと
ウィンドブレーカーを干して、かわかす。
居心地のいい道の駅で、なんとなく、1時間くらい
滞在してしまった。

odaito.jpg
道の駅おだいとうにて


さらに南に走る。
別海町(べっかいちょう)は、原野をひらいてつくった
牧場が多い。とにかく、やたらと牛がいる。
自転車で走っていると、その牛たちがみんな、私を見る。
クルマやオートバイが通りすぎても、牛は興味をしめさない。
が、自転車に乗った旅人が通ると、興味を持つようだ。
「あんなもので走って、バカな人間だなあ。」
とでも思っていやがるのだろうか。

あいつらこそ、人工授精による妊娠と出産を繰り返され
強制的に乳をとられるのである。
で、乳が出なくなったら、それで終わりである。
かわいそうなやつらである。

さらに南にすすむ。
いつヒグマに遭遇してもおかしくない原生林のなかを走り、
厚床(あっとこ)に着く。
かつては、ここから中標津まで、標津線が走っていた。
そういえば、標津線にも乗ったことがなかったな。

尾岱沼ユースホステルに行ったとき、行きは標茶(しべちゃ)から
根室標津(ねむろしべつ)まで鉄道で行き、そこからバスで行った。
帰りは、ユースホステルの人に開陽台(かいようだい)と
裏摩周展望台にマイクロバスで連れて行ってもらって、
計根別(けねべつ)の駅でおろしてもらった。
だから、標津線には乗らなかったのである。

あのとき、標津線に乗っておけばよかったな、と思う。
まさか国鉄が民営化されて、北海道の鉄道路線の
ほとんどが廃止されてしまうなどとは、当時は、
思ってもみなかったもんなあ。
標茶~根室標津間も含めて、このあたりの鉄道が
すべて廃止されてしまった現在となっては、
こんなことを書いてもはじまらないけど。

厚床から、国道44号線に入る。
スワン44ねむろという、変わった名前の道の駅で休憩した。
近くの風蓮湖には、冬になれば白鳥がいるのだろうけど、
いまは夏だから、なにもいない。まだ明るかったけど
車中泊の準備をするクルマの旅人がいっぱいいた。
車中泊にむいている道の駅というものがあり、
ここは、最適である。
さらに東にすすみ、日が暮れたころ、根室に着いた。
(つづく)

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